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札幌組総代会研修会 平成30年11月13日

 去る11月13日、ホテルポールスター札幌に於いて、小樽別院御輪番を講師として、札幌組総代会研修会が開催されました。
 当日は、札幌組に所属する御寺院の総代さんが沢山ご参加下さり、それぞれのお寺の組織や活動など、座談会法式で意見交換をいたしました。当寺からは総代さん全員がご参加下さり、ひじょうに有意義な研修となったことでありました。
 懇親会もとても和やかな雰囲気の中、会話を楽しみながらお過ごしいただけたようでございました。ただ、司会を務められた山根総代長と、開会にあたって札幌組を代表して御挨拶させていただいた住職の二人はクタクタでした・・・。

おしらせ

門信徒の皆様へ 葬儀会場使用のお願い

 当安楽寺は、ご門徒様から年間の会費や維持費といったものを、ここまで頂戴しておりません。それは、現本堂完成当時は、現在のようないわゆる「葬儀場・斎場」というものが今の時代のように存在しておりませんでした。ですからお寺を「葬儀会場・法要会場」として御使用いただく頻度(他宗派の御寺院様のご門徒を含め)が非常に高かったのです。
 現在も、「ご法事」として使用頂けることはありますが、「お葬儀」で使用されることは年間でもわずか数軒に減少しております。この「会場使用懇志」によって、本堂、会館部分の維持が出来ていたのであります。「何かあったときには多大なご協力を頂くんだから。」と歴代の住職、総代、役員の皆様が、年間の会費、維持費を頂かないようにと、ここまでその思いを頑なに守って参りましたが、時代の変貌と共に、それも大変難しい状況になって参りました。
 なんとか先人方の思いを大切にし、今後もこの安楽寺を護っていくことを考えたときに、どうか門信徒の皆様には、お葬儀やご法事等、ご検討される時には、是非ともお寺を会場として使用することを念頭にご検討いただければ誠に幸甚と存じます。それがお寺をお支え下さる一助となり、子や孫へお寺との繋がりや先人のご苦労を伝えられる大切なご縁となって行くと思います。どうかご一考いただきたいと切に願うことでございます。宜しくお願い致します。
 詳しい内容につきましては安楽寺までご相談ください。

合掌

写真

おもしろフォト vol.16

男らしく食べろよ!と言うとこんな感じで食べるガクちゃん(安平町追分 安立寺住職)

同じくウチのテルくんの男らしい食べ方です!どうですか?男らしいですか?

「じいちゃん取ったよ俺!」と聞こえてきそうなドヤ顔ですね(昨年のお盆より)

今年子どもに大人気だった、「はい、ひょっこりはん!」ってやってますね(笑)

この真ん中の若い方、誰だか分かりますか?うちによく来ていただいている布教使様の若かりしお姿です

この二人揃うと、すぐにスポーツ談義に花が咲くんです。これはボクシングの、ジャブとストレートパンチの違いを話していた風景です。というより実演ですね。

おしらせ

春のお彼岸のご案内 平成31年3月21日~24日

横超山安楽寺 春季彼岸永代読経会

 今年も春のお彼岸のご法要をお迎えさせていただく時節となりました。浄土真宗でいただく「お彼岸」は「この私が仏法を聞かせて戴くご縁、大切なことに気づかせて戴くご縁に遇わせていただいた」という感謝のお気持ちを持って過ごす大切な仏教週間であります。昔の人達は西に沈んでいく太陽を西方極楽浄土と呼び、この一年間で一番太陽が高い位置にある時期に、このご縁を大切にいただかれたのでした。この度特に、初めて大切な方とのお別れのご縁をいただかれた皆様には、これからお迎えをするお盆や秋季彼岸会、その他のご法要も、大切なご縁として受け止められ、亡き人を通して大切なことに出遇って行く時間として戴きたいと心から念願することであります。たくさんのご参詣をお待ちしております。道中お気をつけてお越し下さい。

合掌

布教使 増毛西暁寺住職 藤順生師

先生は身近なお話しを通して、分かりやすく浄土真宗の真髄を明確にご解説くださいます。又今年は中日に「高座説教」を頂戴致します。門徒となられ日が浅い方々には大変良いご縁となると思います。是非とも聴聞に足を運んでください!

日程
3月21日(木)午後1時より勤行「仏説無量寿経」
3月22日(金)午後1時より勤行「仏説観無量寿経」
3月23日(土)午後1時より勤行「仏説阿弥陀経」
3月24日(日)午後1時より勤行「正信念仏偈」
御仏供米
御仏供米(おぶくまい)袋は、当寺では古来より、春のお彼岸・秋の永代経の際に、仏様のお仏飯として、ご門徒の方々からお寄せ戴くお米をお供えしています。そのお米を入れる袋のことであります。他にも毎月16日の親鸞聖人命日講(めいにちこう)や年間の各御法要のお斉(おとき・食事)の際に、持ち寄って戴いたお米を、おまいり戴いた皆さんと頂戴しております。
志納袋
志納袋(しのうぶくろ)は、志しをお寄せ戴くために同封させて戴きました。初めての方は驚かれたことと思いますが、古来より諸行事の際に、ご門徒の方々からお寄せ戴いた志しによって、その法要の際の、仏様のお供えやお華、蝋燭、お香といったもの、又、法要の休憩時間にお出し戴く茶菓に使わせて戴いております。つまり浄土真宗の法要はみなさんのお心、みなさんのお気持ちで創り上げるものなのです。温かいご協力をどうぞ宜しくお願い致します。

仏壇・仏具・京雑貨展示即売会&相談会&説明会

あみだ堂 春季彼岸永代読経会特別企画!!

日時
3月21日(木)22日(金)日の二日間開催!
時間
午前11時より午後5時まで
会場
安楽寺1階ホール
展示販売品内容
京雑貨・仏壇(金仏壇・家具調仏壇)・仏器・花瓶・火舎香炉・三具足・供花・輪灯・おりん・お磨き剤・打敷・灯籠・線香・ローソク・経卓・経卓マット・御香・香炭・焼香箱・念珠・座布団・他
【特典】
※全品 安楽寺春季彼岸会特別価格でご提供いたします!
※商品内容は在庫の関係で変わる事もございます。予めご了承下さい。
特別説明会
(21日)《仏壇まわりの防火対策について》
(22日)《浄土真宗本願寺派のお内仏とは》
説明者
あみだ堂社長 能呂慎太郎氏

いずれも、お昼12時からの約45分間開催致します!

ガタタン汁とガタタンラーメンの販売

これも好評いただいております芦別名物「ガタタン汁(200円)」と「ガタタンラーメン(300円)」の販売を致します。今年から美唄名物「とりめし(300円)」も販売致します。北海道の郷土料理を仏教婦人会の皆様が美味しくお作りくださいますので是非ともご賞味下さい。売上は、度重なる自然災害の義損金として、本願寺のたすけあい基金へお送り致したいと考えております。是非御協力ください。
午前11:30~12:40頃までです!

3月23日(土)映画「リトル・ブッダ」上映会

昨年、一昨年と手塚治虫さんの「ブッダ」を上映しました。今年は、キアヌ・リーブス出演、巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督が輪廻転生をテーマに描いたエピック・ロマン大作「リトル・ブッダ」を上映します。シアトルに住む9歳の少年ジェシーの前に、ある日突然4人のラマ僧が現れる。彼らはジェシーがブッダの魂を受け継いだ高僧、ラマ・ドルジェの生まれ変わりであると告げる・・・。今年も映画を通して仏教について学びましょう!
日時は3月23日(土)午前9時30分集合です。会場は安楽寺1階ホールにて開催します!
尚、今年も「BostonBake」さんのパンを300円で販売致します。昼食にどうですか?お飲み物(コーヒー・ホットミルク・お茶など)もご用意してあります。沢山のご参加をお待ちしております!!

おてらくご Vol.3 桂 三段 落語会

この度、3度目のご縁となります落語会、春のお彼岸のお中日に開催します!
桂 三段(かつら さんだん)さんをお招きして、お寺でする落語会「おてらくご Vol.3」。お友達を誘って是非とも足を運んでください!今年は、新聞に掲載されていたあの創作落語「振り込め詐欺!」を演目として予定しております。詳しくは下記の通りです。沢山のご来場をお待ちしております!

とき
平成31年3月21日(木)春分の日 午後4時開場・午後4時30分開演(午後6時終了予定)
ところ
安楽寺本堂(2階 エレベーターあります)
演 目
古典落語1席
創作落語「振り込め詐欺!」
入場料
1,000円(チケットレス・ワンドリンク付き)
桂 三段(かつら さんだん)プロフィール
北海道帯広市出身。2005年6月13日、六代目 桂 文枝 に入門。落語家となる。上方落語協会では唯一の北海道出身者でもある。趣味は映画鑑賞、スポーツ、カレーの食べ歩き、一人暮らしの超簡単レシピなど。歯科技工士の資格を持つ。
桂三段さんのツイッター

お問い合わせ

安楽寺 札幌市厚別区厚別中央3条3丁目5-5
TEL011-891-2903(住職あて)

読みもの

姓の違う故人の納骨は…? 遺骨を仏縁に

ある女性が涙ながらに、こんな相談を持ちかけてきました。

「先方のご両親の反対を押し切って結婚した娘が先日亡くなり、葬式をすませたのですが、遺骨は婚家のお墓に入れてもらえず、かといって、我が家のお墓にも“姓の違う故人の遺骨は入れてはいけない”と人に言われて途方にくれています。どうしたらよいのでしょうか」と。

これを伺って「親の心痛いかばかりか」と思うと同時に、執らわれるべきでないことに執らわれ、自らを縛りつけて苦悩を深めている親の姿に、改めて迷信のこわさを感じました。

「姓の違う故人の遺骨は入れてはいけない」のほかにも「勘当した息子の骨は入れられない」とか「仲の悪かった人同士の骨を一緒にするとケンカになる」などと、まるで“骨のなわばり争い”のようなことを気にする人がいますが、そういうことは宗教上、一切気にする必要はありません。ですから、故人を大事に思う心があれば、堂々と自家のお墓に納骨すればよいのです。

遺骨に対する偏見は、骨そのものを故人と見るところから生じてきます。しかも、その“骨”の故人は、生前の自己中心的な欲望や感情、それにしきたりなどに縛られたままの故人なのです。

実は、そういう目でしか故人を見れない私自身こそ問題なのです。私の尺度で死後の世界を捉えようとし、挙げ句の果て、不幸が重なれば先祖のせいにしかねない私です。

しかし、故人は何も骨のままでじっとしているわけではありません。お浄土で仏さまとなり、私たちのためにはたらいておられます。たとえ生前対立していた故人同士でも、“倶会一処(くえいっしょ)”のお浄土のこと、世俗のわだかまりから解放されて、ともに手を取り合いお念仏の法を説いてくださっているのです。

“骨のなわばり”を気にするのではなく、故人の遺骨をご縁として、私自身が根源的ないのちの願い、真実の法を聞くことです。

ポイント
◎姓の違う故人でも納骨できる。
◎遺骨=故人ではない。
◎生前の故人の感情をそのままお墓に持ち込まない。

(仏事のイロハより抜粋)

読みもの

「先祖の霊を慰めていました」?…お墓に参る

お彼岸やお盆の時期になると、これまでひっそりとしていた墓地に参拝者がどっと訪れ、あちこちで手を合わせる光景が見られます。「彼岸」や「お盆」という仏教行事を通してではありますが、さめた現代人でもさすがに故人を忍び、ご先祖に感謝する心だけは失っていないようです。

ところで、こうした墓参光景が例年ニュースで報道されますが、その紹介の仕方が決まったように「(墓前で)先祖の霊を慰めていました」となります。

関西では大谷本廟の墓地がよくテレビに映るのですが「はたして大谷にお参りの真宗門徒も、手を合わせて先祖の霊を慰めているのか」と疑問に思ったり、つい不安になったりしてしまいます。故人の好きだったお酒や食べ物などを供え、故人の“霊”に手を合わせて慰めることがお墓参りだと思っているとしたら、それは少し筋が違います。

はっきり行って、お墓に先祖の霊が宿っているのではありません。固定的実態的な霊をそこに見ようとするのは、他ならぬ私自身の執着心がなせるわざで、実際には故人はお墓の中に眠っているわけではなく、また遺骨が故人なのではなく、すでにお浄土へ還られています。そして、お浄土から私たちに向け、如来様の真実を知らせんが為に働いてくださっているのです。

それでは、お墓は何のためにあるのでしょうか。お墓は、先祖あるいは故人が必要とするからあるのではなく、私たちが先祖、故人を敬い讃えたいと思うから建てるのです、さらに言えば、かけがえのない命を私に伝えてくださったご先祖に感謝しつつ「その命を精一杯輝かせて生きてくれ」という私へのご先祖の願いを聞く場でもあります。
また、遺骨を前にして諸行無常を味わうのもお墓でしょう。

諸行無常の理をかみしめ、先祖の願いを聞きながら正司を超えて確かな拠り所となるお念仏の教えを味わう場―それがお墓ではないでしょうか。

ポイント
◎お墓の中に故人はいない。
◎お墓は先祖のために建てるのではなく、私のために建てる。
◎先祖の願い聞き仏法味わう場。

(仏事のイロハより抜粋)

読みもの

教え tell me – vol.19 除夜の鐘の思い出

2018年も残すところあとわずか、平成最後の12月となりました。平成生まれときくと、若いなぁと思っていた人たちも30歳代に突入していくわけですから、なんだか感慨深いものを感じます。子どもにとってはどきどきわくわくの年末年始も大人のわたしたちにとってはせわしなくあっという間に過ぎてしまう季節ではなかろうかと思います。

さて私が子どもの頃の年末年始といえば、やはり【除夜の鐘】がメインイベントでした。なぜメインイベントなのか?と言いますと、【除夜の鐘】を108発つく人たちのために大福引き大会を開催していたからです。つまり108人分の景品を用意していたのですが、決してお寺の予算から景品を購入するのではなく、お寺で活動していたボーイスカウトやガールスカウトのみんなでチームに分かれ、町の商店街に繰り出し一軒一軒「【除夜の鐘】に御協力のほどよろしくお願い致します!」と頭を下げて108個以上の景品がそろうまで街中を歩きまわっていたのです。子どもの頃の私は最初、この景品集めがものすごく苦手でした。なぜなら普段はお金を払って購入する品物をただ頭を下げただけでもらうなんて、まるで物乞いじゃないか?と感じていたからです。

あるときそのことを父に尋ねてみると、「おまえは何を勘違いしてるんだ?街の皆さんから布施していただいた景品だからこそ、ありがたいんじゃないか!中にはこの【除夜の鐘】のためだけに豪華な景品をわざわざ用意してくれてる商店街の人たちもいるんだぞ」
父いわく、私利私欲のために景品を集めているわけでなく【除夜の鐘】に集まってくれた皆さんのために、今年も嬉しいこと楽しいこと悲しいこと色々あったけれど、こうして皆で無事に年末年始を迎えることができて良かったなぁ。というただその思いひとつだと。

【除夜の鐘】が鳴り出すと毎年多くのひとたちのこころに様々な思いが蘇ってきます。新しく生まれた命もあれば、さよならも言えずに過ぎ去っていかれた命もあります。思えば、あそこでこんなふうにしていればなぁとか、悔やむことも多々あります。けれども、私たちの人生は一度限りでやり直すことはできないため、なかなか思うように行かないのが現実です。ただやり直すことのできなかった一年でも、一日でも、何度でも見直すことは出来ます。一年ごとに新しく踏み出していく気持ちで新年を迎えたいものです。

往く人も来る人も一期一会、めぐる季節も一期一会

この気持ちをこれからも忘れずに大切にしていきたいものですね。みなさま、本年も新たな気持ちでよろしくお願い致します。

合 掌