おしらせ

命日講のご案内

命日講(親鸞聖人御命日)毎月16日
正午より おとき(食事)・午後1時よりおつとめ

毎月16日は親鸞聖人の御命日です。当寺では古くからこの日を「命日講」と名付けて、親鸞聖人の御命日に門信徒みんなで集まって、しんらん様のみ教えをお聞かせいただこうというお講(あつまり)であります。

この日は特に、古くからの当番の方々が集まって、おとき(食事)をお作りいただきます。なるべく毎月精進料理に近いものをご用意させていただいております。

平成27年の5月より「あんらく講座」と題して、住職が講師としてジャンルにとらわれない講座を開座し、プロジェクター、スクリーンを使用し、分かりやすく浄土真宗の大切なところやマナー的なお話しを解説いただいております。単発の受講でも安心してご参加できますので、是非とも一度、受講されますことをおすすめいたします。

皆様のお越しを心よりお待ちしております!

読みもの

教え tell me – vol.13 感謝について

2015年も残すところあとわずか、年末年始の過ごし方をすでに決められている方も多いことかと思います。子どもの頃は、どきどきわくわくの年末年始も大人のわたしたちにとってはせわしなくあっという間に過ぎてしまう季節ではなかろうかと思います。

私がデンバー仏教会で開教使を勤めさせていただいていた頃の話です。秋から冬にかけて様々な行事が開催されておりました。10月はハロウィン、実際にカボチャでランタンを子どもたちと一緒に作ったり、日曜学校の後に子どもから大人までがそれぞれの部門で仮装大会を開催して楽しんだりしました。そして11月第四木曜日には感謝祭Thanksgiving Day !特に感謝祭は、本来は仏教にはない行事であるはずなのに、デンバー市の聖職者たちがひとつの教会に集まり(毎年持ち回りで教会が変わる)それぞれの宗教の信者さんたちも自由に同じ教会に集まり、聖職者(仏教・キリスト教・ユダヤ教・イスラム教)たちが自由にお経をあげたり、祈りを捧げたり、バスケットに入れた食べ物を配ったり(おかき・クッキー・パン)本当に多種多様な行事をすべての信者さんの前で執り行うことが許された、宗教の隔たりを超えた驚愕の行事でした。

そもそもこの感謝祭の起源は、1621年イギリスからアメリカに移住した人たちがアメリカで初めての収穫を神に感謝し、冬を越す知恵を授けてくれたネイティブアメリカン(先住民 インディアン)を招待して祝宴を催したことに由来しています。この最初の感謝祭の約1年前の9月、移住者たちを乗せたメイフラワー号はイギリスを出発し、苦しい2ヶ月間の航海の末にアメリカに到着します。しかし新天地で彼らを待っていたのは厳しい冬。満足に食べ物もなく、最初の冬を越す間に多くの仲間を失います。そんな彼らは、インディアンの知恵のおかげにより、冬を充分越せるだけの収穫を得ることができたのです。インディアンに感謝を捧げるため彼らを招待し、丸3日間の祝宴を行いました。七面鳥や野菜が並べられ、感謝の祈りが捧げられます。そしてインディアンと手を取りあって歌ったり踊ったり。これがアメリカの感謝祭の起源です。

私たちの住む日本には感謝祭という行事はありませんが、秋初穂という行事があります。これは秋に収穫を終えたお米(初穂)を仏様にお供えをし、自然の恵みや親の恩、そして仏さまのお慈悲に感謝する法要で、現在ではお隣の眞願寺さまにて毎年12月3日に「秋初穂感謝法要」が執り行われております。この感謝の気持ちを私たち浄土真宗では、報恩感謝という言葉でいただいております。それは、自分を生み育ててくれた両親、学ぶ喜びや楽しさを教えてくれた先輩たち、いつも支えてくれる人々、自然の恵みなど、すべてが誰かのご苦労の中に生かされていたのだ、という「おかげさま」の心から出てくる感謝の気持ちであります。

私たちは、普段の生活の中で自分の考えや主義主張を立てて、若さや経済力を頼みとし、生きていると勘違いすることが多々あります。しかし、人は一人では生きていけないものです。生きていけば迷惑をかけ、誰かに頼ったり、頼られるからこそ「ありがとう」の感謝の気持ちが生まれてくるのではないでしょうか。今年もこのおかげさまの心を大切にし、新年を迎えさせていただきたいものです。

合 掌

読みもの

中陰のお勤めはどこでする?…遺骨安置と勤行

火葬の後、自宅に戻ってきた故人の遺骨は、葬儀社などが用意した中陰壇(ちゅういんだん)に安置することになります。その中陰壇には三具足(みつぐそく)や供物が飾られ、ほかにも遺影や白木の位牌(真宗では本来用いない)が置かれたりするので、つい遺族の目もそちらに向きがちになります。

お骨上げや初七日のお勤めでお参りするとたいていの場合、この中陰壇の方を向いて座られており、壇上のローソクや線香にはきちんと火がつけられ、花も盛りだくさんに飾られています。さらにおリンまで中陰壇に用意されていることが少なくありません。

ところが、お仏壇の方はと言えば、ローソクはなく、花は枯れているわで、ほとんどほったらかしといった状態だったりします。

そのお仏壇の前で私がお勤めしようとするものですから、家の方は慌てると同時に何かけげんそうな顔をされます。

おそらく、こうした方々は、勤行は遺骨の前で行い、そのお経が故人への追善回向(善を積んで故人に振り向ける)になると思っておられるのでしょう。

確かに“中陰”の習俗に基づけば、そう思うのも無理からぬことかもしれません。すなわち習俗では、死後四十九日の中陰の間は死者の行き先が定まらないとされています。そこで七日目ごとの節目に法要を勤め、その功徳を死者に振り向けて少しでも“よい世界”に生まれてもらおう、というのです。

しかし、浄土真宗のお味わいでは、故人は死後ただちにお浄土に生まれられているのです。もし仮に、信心をいだかれずに迷っているとしても、私たち凡夫(ぼんぷ)に善を振り向けてよりよい世界に行かせる能力など何一つ備わっておりません。お浄土に生まれさせることができ、また私たちが本当に便りにできるのは阿弥陀如来さましかないわけです。どんなときも、悲しければ悲しいほど仰ぐべきは如来さまなのです。お仏壇の前でお勤めするのは、そういう心からです。なお、中陰壇はお仏壇の横に設けるようにします。

ポイント
◎中陰壇の前ではなく、お仏壇の前でお勤めする。
◎お勤めは追善のためではない。
法要

除夜会・元旦会のご案内

除夜会のご案内

毎年12月31日の午後5時より除夜会のお勤めをさせていただいております。

当寺は年末の12月28~30日、年始の1月1日~5日までの月忌まいりをお休みさせていただいております。是非ともこの間お休みとなってしまう月忌まいりをされているご門徒の皆様には、御参詣いただきたいおまいりです。一年を振り返り、そして新たな気持ちで新年を迎えるためにどうぞお詣り下さい。

元旦会のご案内

元旦の午前8時より「元旦会(がんたんえ)」のお勤めをさせていただいております。輝かしい新年をご門徒の皆様とご一緒にお迎えさせていただく尊いご縁であります。

本堂でお勤めの後、納骨堂へ移動し、先達の方々へ新年のご挨拶をさせていただき、ホールにて楽しいひとときを過ごさせていただいております。

数年前より、「大千本引き大会」を開催させていただいております。過去の景品は、ホテルの宿泊券、お食事券、ホームベーカリーやお酒、お花やぬいぐるみ等、各種豪華景品をご用意させていただいております。新年ですから景気よくスタートを切りたいという思いで開催させていただいておりますので、たくさんのご参加をお待ちしております。朝が早いですが、頑張って新年のスタートを切りませんか?お待ちしております!!

本堂でおまいりの後、納骨堂でおまいりし、ホールで「大千本引き大会」を開催します(2015年の画像です)

写真

おもしろフォト vol.11

カスタネットちゃんの真似をしてポーズを取る
法務員のテルオカくん かわいい?ですか?どっちが?

目が疲れてるのか・・・?!

お盆期間中は夏の甲子園がやっています。高校球児に触発されてバットスイングをするテルオカ法務員(スイングスピードが早くてカメラで追えませんでした。でもかなりアッパースイングですね・・。)

布教使の松山君 首の運動か・・・?!

お盆期間中疲れて眠るテルオカくん
お盆期間中だけか???

報恩講で駐車場係をお願いした下さん(仕出しのたいら)とナベさん(新晃葬祭)と藤丸さん(白道印刷)来年もヨロシク!

誰の影でしょう?(正解は住職に聞いてください)

読みもの

「やすらぎ」39号発刊にあたり

02-01

慈光照護の下、門信徒の皆様におかれましてはご清祥にてお過ごしのこと大慶に存じ上げます。又、日頃より当寺護寺発展の為に並々ならぬご尽力を頂いていること、重ねて御礼申し上げます。

寺報「やすらぎ」第39号を門信徒の皆様のお手元へお送りさせて頂きました。今年も夏から冬にかけての諸行事報告など、写真を多めに掲載し読みやすく致しました。ちょっとボリュームがあるかと思いますが、お正月休みの空いた時間にでもご覧いただけたらと思います。

さて12月15日に「今年の漢字」が京都の清水寺で発表されました。今年は「安」という字になりました。安部政権のもとで安全保障関連法案の採決をめぐり国論を二分した点や世界で続発したテロや異常気象、マンションの杭打ちデータ流出などで人々が不安に陥ったことなどが選考された理由だそうです。昨年は消費税が8%にアップして「税」という夢のない身近な漢字だったと記憶しておりますが、今年も何だかすっきりしない選考理由で漢字が選ばれましたね。安楽寺の住職としては、「本当に安らぎのある年だった」とか「安心できる世の中になって良かった」など、良い意味で「安」という漢字を選考して欲しかったと思っておりますが、皆さんはどんな字を予想されていたでしょうか?個人的には「爆」かなと思っておりました。いの一番に思い浮かぶのが、「爆買い」という言葉であるのは間違いないと思いますが、勢いがあるように見えて、うらやましくさえ感じます。しかし、いつになったらこの閉塞感から脱することが出来るんでしょうね・・・。ホントに考えちゃいますね。来る年こそ良い年にと願いながら、随分と経ったような気が致します。って愚痴ばかり言ってますね。

光陰矢の如し、2015年(平成27年)も終わろうとしております。それぞれに今年一年の歩みを振り返りながら新しき年をお迎え下さい。親鸞聖人は苦悩と挫折を繰り返し、前向きに一度きりの人生を歩まれた方でありました。その生き方にこそ、この閉塞感から脱するヒントが隠されているのだと私は思います。今年もご法座等でご聴聞を重ねられ、大切なことに気づかせていただこうではありませんか。それ以外に私達門徒にとって何がありましょう。あらためて念仏の教えを中心とした日暮らしを来る年も共々に歩ませていただきましょう。それでは良いお年をお迎え下さい。今年もお世話になりました。

合 掌