教え tell me – vol.17 年末を迎えて

月日の経つのは早いもので、2017年もまもなく終わりを迎えます。ちょうど今頃、今年はどんな1年だったかなと、ゆっくり大晦日の特番を見ながら振り返る人も少なくないのではないかと思います。

さて、年末といえば「流行語大賞」があります。この1年に生まれたさまざまな流行語のなかで、特に世相を賑わせた表現なのですが、今年は「インスタ映え」「忖度」「共謀罪」「うんこ漢字ドリル」「ワンオペ育児」と候補がたくさんあり、いったいどれが選ばれるんだろうと思っていたところ…「インスタ映え」と「忖度」の2つが選ばれました。

「忖度」は、相手の気持ちをおしはかること。推察する。と国会でも使われていた言葉なので、なるほど!私も住職さんや佐藤さんに忖度しまくりだなあ!と思いましたが、「インスタ映え」と聞いたときに何のことやら?と思ったので調べてみたところ、有名人や一般人があちこち色々な所に行き写真を撮ってネット上に掲載した時に、その写真がすごく見映えがする、おしゃれに見える、つまり大勢の人たちが見た時に「それいいね!」と言ってもらえる写真のことを「インスタ映え」と言うらしいのです。

ただ、この「インスタ映え」には大きな問題がひとつあります。それは投稿者がどんな人物で、どんな生活を送り、何をしているかという人物像を作りあげることに必死になりすぎてしまうことが多々あるということです。たとえば、見た目の良い食べ物を購入し、撮影後食べずに捨ててしまう。ふたりで生活しているよう見せるため二人分の食事を注文し残してしまう、バッグや人気のグッズを購入し撮影後すぐに売ってしまう。立入禁止の場所や危険な場所で見栄えする写真を撮ろうとする。

こういった行動は、「食べ物やものを大切にする」ことへの感謝の気持ちを完全に無視した行いです。ところが、理想の自分を作りあげたい気持ちが強いあまり、こうした行動を取る人が少なくないのです。自分をよく見せたい、人気者になりたい、というのは人として当たり前の感情でもあります。たくさんの人に見てもらうためにすてきな写真を撮れば、その分「いいね!」と言ってもらえて嬉しくなるのも事実ですし、写真を撮るために旅に出ることもすばらしいことだと思います。

しかし、「いいね!」とたくさん言ってもらうことだけを自分の存在価値にしてしまっては、大切なものを見失ってしまうかもしれません。見せかけの自分にはいつか必ず限界がおとずれます。美しい自分、かっこいい自分だけでなく、自分自身の醜いところや恥ずかしいところを互いに理解し合うことで、私たちは本当の信頼を築けていくのではないでしょうか。年末を間近に控えて、思うことを述べさせていただきました。皆様良いお年をお迎えください。今年もお世話になりました。

合 掌

この記事が掲載されている寺報やすらぎ