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お墓にヒビが入った…! 墓相が気になる?

 ある人がお墓を建てたところ、軸石にちょっとしたヒビのような筋が入っているのに気づき、新しい石に取り替えました。しかし、一年もたたないうちにまた筋が入ったので、「きっとこれは故人がこの場所を嫌っているのだ」と思って、高価な代金を再び払い、別の墓地に移したのです。
 この人は墓相を気にし「墓石にヒビが入ると家族が大ケガをしたり、家庭不和になる」と思い込んでいるようです。
 だいたい、自分の家の壁に少しぐらいのヒビが入ったからといって、家を建て替える方(かた)はいないでしょうに、こと墓石になると、よく見ないとわからないほどのヒビでも目くじらを立てて見つけ出し、取り替えるのですから、墓相を気にする人は相当のこだわりようです。
 ヒビのほかにも、墓石の一部が欠けたり、傾いたりすると「家運が傾き、不運を招く」などといいます。
 どれもこれも、自分や家族に災いが起こるのを恐れて神経質になるのでしょうが、墓石の状態と家人の災いの間には何らの因果関係もありません。むしろ災いが起こった時に、その原因を墓石に押しつけ、先祖のせいにして事実を正しく見ようとしない心のありようが問題でしょう。
 墓相にこだわるということは、根も葉もない迷信にふりまわされることであり、かえって不安や恐れが増して、少しも心からの安らぎを得られない結果となります。
 もっとも、ヒビ割れが実際に目立ってきたり、墓石が傾いて倒れそうになれば、修理や取り替えを行わなけれなならないことはいうまでもありません。しかし、それは”不幸を招く”からではなく、ご先祖の遺徳を偲び、如来さまのお慈悲を味わう場として、すっきりと気持ちよく手を合わせるためです。
 なお、お墓を移転(改葬)することについても「移すと悪いことが起こる」と気になる人がいますが、そういうことも一切ありません。

ポイント
◎墓石の状態と災いの間に因果関係はない。
◎墓相にこだわると迷いが一層深まる。

(本願寺出版社 仏事のイロハより抜粋)

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教え tell me – vol.22 自粛警察

 気がつけば今年も半年が過ぎ、あっと言う間に夏を迎えることになりましたが皆さんいかがお過ごしでしょうか?コロナ禍で自粛生活を余儀なくされる毎日にストレスをため込んでいる方も大勢おられることと思います。そのような中、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、もう少し我慢する必要があるのではないか?と強く感じている方が不自由な生活の鬱憤をはらすため、場所を選ばず他人に自粛を強要してくる【自粛警察】なる言葉も生まれてきました。今回はその【自粛警察】を体験したお話をご紹介させていただきます。私がアメリカのコロラド州に開教使として勤務していた頃の話です。デンバー仏教会を中心に地方5ヶ寺を上司のK先生と2人で担当していたのですが、その中でも、一番遠いアラモサ仏教会に向かっていた時のことです。街中に入り信号待ちをしていたとき・・・前に止まっていた車から髭を生やしたサングラスの白人が不機嫌そうな顔で私の車の窓をノックしてくるではありませんか。窓を開け『どうかしたんですか?』と聞くと『お前は何で運転中に携帯電話を使用しているんだ?運転中に電話したら危ないって常識も知らないのか?ちょっと車から降りろ!』とすごい剣幕で怒鳴ってきたのです。意外なことを言われ驚いた私は『私が運転中に携帯電話を使用していたですって?言いがかりはやめてください。それに仮にそうだったとしてなぜあなたにそこまで言われる必要があるのですか?』と言うと『そうか、そういう態度なら今すぐ警察を呼んでやるからな!ナンバーは控えてあるから逃げても無駄だぞ!』と急に警察に電話したのです。しばらくすると赤と青のど派手なライトのパトカーが到着し、2人の若い警察官が先ほどの髭の白人と何やら外で話し合っている姿を見たとき『こんなことなら素直に車から降りておけば良かったのかな』と私が覚悟を決めたころでした。1人の警官が私のそばまで来て『いやあ大変でしたね、もう行って結構ですよ』と予想外のことを言うのです。なぜ私が不問に処されたのか理由を尋ねると『ここだけの話、実はあの髭の人はこの界隈で有名な元刑事でアジア人を目の敵にしてるんです。あなたのような獲物(外国人)を探すためにここら辺をパトロールしているってわけなんですよ』と、どうやら警察にとって毎度のことようでした。
 自粛警察は世間の暗黙のルールを盾に、彼らなりの正義を振りかざし同調を強要してきます。しかし暗黙のルール(正義)は時代や国、時と場所によって変わり続けていきます。私たちが今、自粛しているのは大切な誰かを守るためにやっているだけで、自粛自体が目的ではありません。不確かなものをよりどころとしてしまいそうなコロナ禍の時代が訪れてきたからこそ、今一度私たち浄土真宗門徒は阿弥陀さまが私たちにかけられた願いを確かなもの(生活の中心)として共にお念仏の人生を歩ませていただこうではありませんか。                           合掌

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ふじおかゆうやのガバイはなし vol.03

 みなさんこんにちは。早いもので僕が北海道にきてから一年以上が過ぎました。時がたつのは早いですね。ついに僕も北海道の冬を経験し環境に慣れつつあります。少しは北海道人らくしなれたでしょうか?
 現在、新型コロナウイルス感染症により不安な日々をお過ごしのことと存じます。いままであたりまえのことだったことが一変し、普段とは違う生活で様々な弊害が生じており、我慢の日々が続いていることと思います。そんな今だからこそ今回の「がばい話」ではみなさんに少しでも明るいお話をお届けできたらと思っております。
さて僕が佐賀にいたころ、北海道の食べ物はなんでもおいしいとよくきいていましが、まさにその通りですね。海の幸、山の幸、はたまたスイーツなどおいしいものを挙げようとすれば枚挙にいとまがありません!…が、中でも僕が一番食べているのはラーメンです。ご存知の通り北海道には様々なラーメンがあります。この一年で色々なラーメン屋に足を運びました。どのラーメンもおいしくて甲乙つけがたく、次はどの店に行こうかといつも考えています。しかし一つだけ悩み事があります。それはどのラーメンを食べてもどこか物足りない、どのラーメンを食べても真に満たされること決してはない。その原因は煩悩…ではなく佐賀ではおなじみのあの味、あの匂い、それは豚骨ラーメンです。北海道ではあまり見かけることはありませんね。
今でも鮮明に覚えています。僕が子どもの時に佐賀にいたころ、コンビニにもスーパーにもカップラーメンと言えば豚骨ラーメンしかありませんでした。あるのはカップ〇―ドルか、ど〇兵衛ぐらいであり、豚骨ラーメン以外を探す方が大変でした。まさに豚骨にあらずはラーメンにあらず状態でした。そういった環境でしたから子供の時は豚骨ラーメンしか食べたことはなかったです。もちろん醤油、味噌など、ほかのラーメンの存在は知ってはいたのですが、とても食べる気にはなりませんでした。僕にとってはラーメンではないほかのなにかという認識だったのでしょう。そのくらい佐賀にとって豚骨ラーメンはあたりまえだったのです。しかし北海道にとって豚骨ラーメンはメジャーではないのです。
そんなわけで北海道で僕が一番好きのは…〇岡屋です。意外と思われるかもしれませんが、好きなものは好きなんです。その理由はあの味、あの匂い…そう豚骨です。もしかしたらあの匂いが無理と思われる方もいるでしょう。一度京都の友達を佐賀のラーメン店につれていったことがありました。その友達は店に入るなり顔をしかめて、小声で僕に「無理だ…」と言いその場を後にしてしまいました。僕には何が無理なのさっぱりわかりませんでしたが、よくよく聞くと、靴下の匂いだとか犬の匂いだとか散々に言われました。その時は失礼な奴だなと思いましたが、彼にとってはこの豚骨ラーメンの匂いは嗅いだことがない匂いだったのでしょう。僕にとってはあたりまえでも、彼にとっては初めてだったのです。ですから、北海道の人があの匂いを受け入れがたいのも頷けます。
豚骨ラーメンを食べているとやっぱり僕は九州の人間だなと感じます。佐賀にとって豚骨ラーメンはあたりまえ、北海道にとって、僕にとって豚骨ラーメンは有り難いのです。いつの日かコロナ禍が終息したらあたりまえではなく、有り難い豚骨ラーメンを一緒に食べにいきましょう!

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「やすらぎ」48号発刊にあたり


 慈光照護の下、門信徒の皆様におかれましては当寺護寺発展の為に並々ならぬご尽力を頂いておりますこと厚く御礼申し上げます。また、日々、新型コロナウイルス感染症拡大予防に講じておられることと存じます。早い収束を願うばかりであります。
 さて、今年も寺報「やすらぎ」第48号を門信徒の皆様のお手元へお送りさせて頂きました。昨年の年末から夏までの出来事をおまとめさせていただいております。振り返りながらご覧下さい。
 今年は、当安楽寺がこの厚別の地で開教され135年という年であります。初代住職横湯僧潮(よこゆ そうちょう)法師は新潟県高田市光勝寺第13代住職、横湯真海師の次男として文久2年(1862年)3月にご誕生され、明治18年(1885年)にこの厚別の勝地に開拓者と共に開教の鍬を入れられました。大変なご苦労の中で、まさに心血をそそぎ新寺建立されたのであります。
 その記念事業として、大変手狭でご迷惑をお掛けしていた1階玄関の拡張工事、開教120年の際に大修復を行っていただいた本堂、1階ホールの内装も15年が経過し、劣化している箇所が多数あることからその修復工事を行い、併せて納骨堂のタイルカーペット交換を3月の春季彼岸の法要までに行っていただきました。美しく整ったところにご門徒の皆様をお迎えし、雪解けがすすむ中に、春のお彼岸法要を勤められると思っていた矢先、新型コロナウイルス感染症が世界中に猛威を振るい、いまだ収束のめどが立っていない状況であります。
 少し振り返りますと、北海道知事より道内全ての小中学校に対し休校要請が行われ、北海道教育委員会が会合を行い、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、道内の公立と私立の全てを合わせた1600校余りを1週間休校にするよう市町村の教育委員会と私立学校に通知を出しました。これをうけ、安楽寺と併設する厚別幼稚園、姉妹園の第2あつべつ幼稚園も2月28日から3月8日までの1週間、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、臨時休園の措置をとることといたしました。その後、北海道そして札幌市より「緊急共同宣言」が発表されました。
 北海道は早々に独自の「緊急事態宣言」を発表したこともあり、一時は感染者数が減少傾向となりましたが、再び感染者数が二桁を越える日が続き、札幌市内での新規感染者が増加傾向にあることから、「第2波」と呼ばれる状態に移行して参りました。4月16日に政府より「緊急事態宣言」が発出され、これをうけ、再び、4月14日から5月6日までの期間、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、二度目の臨時休園措置をとることといたしました。それからまもなく、5月4日から31日まで休園が延長となり、全国で自粛生活がはじまったのでした。
 お寺も春季彼岸永代読経会や宗祖親鸞聖人降誕会をはじめ、毎月の諸行事も、参拝者無しの院内勤めという形で、6月いっぱいまで過ごして参りました。
 先般、6月28日に1月の総会以来開催できなかった総代会を開き、今現在、北海道、札幌の皆様のご努力により、感染者数が0という日も増加しており、7月5日の常例法座から新しい生活様式に乗っ取り、最善の拡大予防策を講じて、時間短縮、規模縮小にて諸行事再開する運びとなりました。
 お盆の参詣につきましても、例年通り7月下旬から8月11日までの間に門信徒皆様のお宅へ参詣させていただきます。12日の役員総会は中止し、里塚の安楽寺六角堂へ午前中にお詣りさせていただきます。12日から16日までは、納骨堂にお詣りされる皆様と共に先人をお偲びさせていただき各々読経出来るように僧侶も待機しております。今年は密を避けるために、納骨堂、本堂、安楽精舎の三箇所でお勤めします。(8日土曜日から16日日曜日までは自由参拝といたします)16日の午後1時よりお盆の締めくくりとして命日講に併せて「盂蘭盆会(うらぼんえ)」のお勤めを致します。大切な方を亡くされてから初めてのお盆をお迎えされるご遺族の皆様には、大切な御法縁となることと思います。是非とも御参詣下さい。尚、今年は新型コロナウイルス感染症拡大予防のために、おとき(昼食)のご接待はありません。
 最後に、右のチラシは、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、いてもたってもいられなかった私の朋友である福岡教区鞍手組円覺寺御住職 松野淳信師が中心となって、鞍手組の実践運動委員会で作成されたものであります。
姿が見えない未知のウイルスの存在に不安を抱き、疑心暗鬼でいた私の心を目覚めさせてくれた言葉でした。
 北海道はなぜ他の場所と比べて感染者が多いのだろう?なぜ減らないんだろう?誰かにうつされるのではないか?という自己中心的な考え方で一杯だった私の心に大切なことを気づかせてくださった言葉でした。
 「いつでも阿弥陀さまがご一緒です」という言葉が、真実(本当のこと)に近づけてくれました。感染者数を私が気にしてもどうすることも出来ません。うつされることばかり考えて、自分が人にうつすかもしれないことに気づいていない。そんな私の姿を気づかせてくれたのが、このチラシでした。
 終息まではまだ時間が必要だと思いますが、浄土真宗の門徒として、少しでも自己中心的な考え方をあらため、新しい生活様式を中心とした日暮らしをこころがけて日常が戻ってくることを心から願うことであります。  合 掌

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分骨は“身を裂く”行為なのか…? 仏縁を増す

これもあるご婦人の相談です。
「主人が亡くなり、その遺骨をご両親の要望もあり、故郷のお墓に納めることになりました。しかし、何分にも遠いところで、なかなかお参りに行けそうもありません。また息子もこちらで働いているので、将来のことも考えて、こちらでもお墓を建てようかと思っています。ところが“分骨はいけない”ということを聞きます。どうすればよいでしょうか」
こんな内容でした。
「分骨はいけない」と思っている人が確かにいるようです。聞くところによると、分骨することによって故人の“身が裂かれ”てバラバラになり、故人が迷ってしまうというのです。
これは遺骨そのものを故人と見てしまうとらわれの結果です。くどいようですが、故人は“骨”ではなく、限定して捉えることのできない存在になっているのです。そうした故人の遺徳を偲ぶ縁として遺骨があるわけです。
遺骨を前にして、縁ある人々が少しでも多く故人の遺徳を偲び、如来様の広大なお慈悲に遇うことができれば、むしろ慶ばしいことと言わねばなりません。ですから「分骨がいけない」理由はどこにもないのです。
お釈迦様のご遺骨(仏舎利)のことを考えれば、なお一層はっきりしてきます。
すなわち、荼毘にふされたご遺骨は、お釈迦様を敬い慕う各国の人々によって八つに分骨され、それぞれの国に持ち帰って仏舎利塔が建立されます。そこからまた、さらに分骨されて数多くの仏舎利塔が建てられるようになったのです。
それだけお釈迦様のご遺徳を偲び、そのみ教えを信じ慶ぶ人びとが多かったということであり、また、そういう自ずと湧き出てくるお釈迦様への尊敬の念が、仏舎利塔すなわちお墓を建てしめたのです。
こうしたお墓の原点を考えれば「分骨はいけない」という発想はわいてこないのではないでしょうか。

ポイント
◎分骨が“身を裂く”ように思う心が問題。
◎分骨によって仏縁が増えればむしろ慶ばしい。

(仏事のイロハより抜粋)

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ふじおかゆうやのガバイはなし vol.02

 皆様こんにちは。佐賀県人の藤岡です。僕が安楽寺様に法務員としてお勤めさせて頂いてから、はや半年がすぎ、2019年も終わろうとしています。少しは成長できたでしょうか?少なくとも寒さに対する耐性は強くなったきがします。さて今回の「がばい」話は雪についてです。みなさん雪に対してどんな印象を受けますか?ちなみに僕は北海道に来て雪に対する印象がガラッと変わりました。
 北海道での初めての冬です。11月に入るといつ雪が降るんだ?なんとなく楽しみのような恐ろしいような、なんともいえない気持ちでいまかいまかと雪を待っていました。といいますのも、私の生まれ故郷である佐賀はあまり雪が降りません。降っても積もりません。積もっても北海道の比ではありません。雪が少しでも積もるとニュースになり交通に影響が出るほどです。ですから、僕にとって雪というのは様々な意味で特別なのです。
 小学生のころ佐賀にも珍しく雪が積もったことを今でも鮮明に覚えています。当時は子供ですから嬉しくて仕方がなく、学校の登下校、休み時間に友達と雪合戦をしていました。授業のチャイムが鳴ってもまだ遊び続けていたので先生に怒られたのを思い出します。とにかく、僕にとって雪とは特別なことで非日常だったのです。中学、高校、大学にいくような年齢になっても雪が降るとなると空は曇っていますが気分は晴れやかです。そんな僕だからこそ雪にそこまで嫌な感じはせず、どこか楽しみのような気持ちでした。
 去る11月7日ついに札幌にも初雪が降りました。僕にとっては待望の雪でしたが、周りは「ついにか…」といった反応でした。正直に言って僕が持つ印象と北海道の人が持つ印象に差があることは薄々気づいていました。お参りに行く家々で雪の恐ろしさ、大変さを聞いてはいたものの、恐ろしさより好奇心が勝り、まぁ大丈夫だろうと高を括って勝手に安心している自分がいました。
 あくる朝、やけに冷えるなと思いつつ外に出ると一面真っ白です。その様子を嬉しさのあまり写真を撮っていたところ「がばい」ことに気が付きました。そう、滑るんです。すごく滑るんです。まるで僕のギャグみたいに…そしてさらにもう一つ「がばい」ことがありました。冷静に考えてみると車の運転をしないといけないのです。もちろん雪道運転は初めてです。この時になってようやく事の重大さを理解しました。いつもの景色が変わっているのでどこを走っているのか、どこを走るべきなのか、そもそも走っていいのか、頭は真っ白、景色も真っ白、必死の思いで檀家さんの家にお参りにいきました。
それからというもの毎朝カーテンを開けては一喜一憂する生活が始まりました。ですが気づきもありました。北海道にこなければ雪の印象は変わることはなかったし、雪は綺麗だとしか思わなかったでしょう。しかし今は雪の大変な面も知ることができ、貴重な経験をさせていただていると感じるようになりました。知らず知らずのうちに物事の一面しか見ていなかったようです。北海道の雪によって「がばい」とは言いませんが少し成長できた気がします。それではみなさん良いお年を!

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教え tell me – vol.21 年末を迎えて

 月日の経つのは早いもので、2019年もまもなく終わりを迎えます。ちょうど今頃、今年はどんな1年だったかなぁと、ゆっくり大晦日の紅白を見ながら振り返る人も少なくないのではないかと思います。

 さて12月といえばクリスマス。プレゼント交換したり、ごちそうを食べたりと楽しいことがあります。ただクリスマスにキリストの誕生を心の底から祝っている日本人がどのくらいいるのでしょうか?口ではメリークリスマス!と言いながら、24日を彼氏彼女と過ごす口実にしたり、宗教的な意味抜きでプレゼント交換をしていたりします。 そうは言ってもクリスマスがとにかくめでたい日であるという意識は日本人の中に強く根付いており、キリストをそこまでお祝いする気持ちにはなれなくても12月25日がキリストの誕生日だということは、ほとんどの日本人が知っていることです。一方で、お釈迦さまの誕生日が4月8日だということを知っている日本人がどのくらいいるのでしょうか?

 以前某テレビ番組で「イエス・キリストの誕生日であるクリスマスは盛り上がるのに、お釈迦さまの誕生日で盛り上がらないのはおかしい!」と主張していた吉本新喜劇の座長である小籔千豊さんがこのようなことを発言しておりましたので紹介させて頂きます。

「皆さん、12月25は何の日ですか?」-クリスマス。
「じゃあ、2月14日は?」-バレンタインデー。
「では、10月31日は?」-ハロウィン。
「じゃあ4月8日は何の日ですか?」会場は誰も反応できず場が静まり返ります。
 小籔さん「4月8日は、お釈迦さまの誕生日じゃっ!」と一喝!

 そしてそれに続く内容がとてもユニークで、「4月8日にクラブでパーティーをしよう!」「天上と天下を指さすポーズで踊ろう!」と言われたり、やっぱりバレンタインや恵方巻のように食べ物もあるといいから「フライドポテトと粉チーズやお塩を紙袋に入れてシャカシャカ振る『釈迦釈迦ポテト』」、『ホットケーキ(仏ーキ)』を食べて、お釈迦さまの誕生日をお祝いしよう!と話されていました。その後かなり多くの反響が見てとれたのを受けて小籔さんは、4月8日に『お釈迦さま‘S B.D. FLOWER FESTIVEL!!』と題したパーティーを開催し、多くの若者の心に仏教に触れる機会(ご縁)を作ってくださいました。
 形はどうあれ仏縁を増やす彼の行為はとても喜ばしいことだと思います。いつの日かこの積み重ねが、お釈迦さまの誕生日を国民的行事にする大きなきっかけになり、またひとりでも多くの人の心に仏教が届いてくれることになれば、僧侶としては嬉しいかぎりです。
そして私自身も小籔さんのように仏縁を広める努力を少しでも増やしていけるように念じて年末最後の言葉にかえさせて頂きます。